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  • 『量子コンピュータが本当に分かる!』 武田俊太郎著

    『量子コンピュータが本当に分かる!』 武田俊太郎著

    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210727/k10013162861000.html
    NHKのサイトに「1万年かかる計算を数分で行う」という見出しのニュースがあった。

    量子コンピュータというのは今注目されている次世代のコンピュータで、多くの期待がかかっている。新しい技術が登場すると「何でも解決できる夢の技術」のようにメディアが騒ぐ。メディアはニュースを大衆へ分かりやすさを極大化して伝えるから、見出しのような「1万年かかる計算を数分で行う」という派手な見出しが舞う。しかし、そんなに都合のいい技術があるわけない。

    そう考える理由はこの一冊にある。
    『量子コンピュータが本当にわかる!』

    『量子コンピュータが本当に分かる!』という本を最近読んだのだが、これを読めば量子コンピュータが夢の技術でも何でもないことがよく分かる。

    • 量子コンピュータはそもそも実用化の目処がたっていない。
    • 量子コンピュータで解ける問題には制限がある。どんな問題でも超高速で解けるわけではない。

    詳しくは本書に譲るとして、今の量子コンピューターは一桁の計算さえ間違い得る性能で、安定して動かない。この一事でもって実用化の目処がたっていないことはよく分かる。例えるなら、今の量子コンピュータはレゴブロックを使って組み立てた車みたいなもので、実用に必要なのはF1マシンみたい量子コンピュータとのこと。

    記事中に「マイナス270度余りに冷やして計算を行います。」とあるが、これは超伝導の性質を利用している。物質を絶対零度にまで冷やせば、物質中の原子や中性子の電気抵抗がなくなるため、そこを流れる電気が物質の量子に邪魔されずに干渉されることなく計算ができるから。こういう状態を用意しないと、量子ビットの正確性を担保できない。

    超伝導の他に3つの量子コンピュータのタイプがあり、今は研究者が実用化に向けて競っている最中らしい。それぞれに一長一短があり、どのタイプが実用化に一番近いかまだ決まっていないし、その4タイプ以外が出てくるかもしれない。そんな状態なのだ。

    実用化されるかどうかさえ分からない量子コンピュータだけど、実用化されない証拠もない。過剰な期待をせずに待つことにしよう。

    ちなみにIBMが公開している「IBM Q Experience」という5量子ビットの量子コンピュータを誰でも使えるようです。
    https://quantum-computing.ibm.com

    最後に『量子コンピュータが本当に分かる!』について補足をする。とても分かりやすく書かれていて、中学レベルの数学と理科を理科している人なら簡単にすぐ読めます。

  • 経験の少ないエンジニアにおすすの本7冊と漫画1作品を紹介

    経験の少ないエンジニアにおすすの本7冊と漫画1作品を紹介

    やはりエンジニアとして働くには楽しく働きたい。意味不明な理不尽な締め切りに追われるとか、前任者の残したドキュメントもない状態で障害対応に追われ深夜まで残業する。こんな働き方は誰だって嫌である。こういう辛い現場を回避するにはどうすればいいか。またはうっかりそういう現場に足を踏み入れてたとしても、精神的なダメージを最小限にするためにはどうすればいいか。その答えは読書による代理体験である。読書によって未然に知識を経れば、エンジニアとしての実務経験が少ない人にとって身の振る舞い方の助けとなるだろう。

    読書によって他者の経験をあたかも自分が経験したかのような知識が得られるのは、本を読むことの最高のメリットである。今回は「エンジニアとして楽しく働く」ことに焦点を当て、まだエンジニアとしてのキャリアが少ない人や、これからエンジニアになるべく勉強している人に向けて有用な書籍を、2回に分けて紹介しよう。

    ちなみに私がウェブ系のエンジニアであるため、紹介する本にウェブ系に偏りがあるのはご了承願いたい。

    目次

    1. やっぱりスキルが一番
    2. エンジニアとしてのキャリアを考える
    3. 炎上に強くなる

    やっぱりスキルが一番

    エンジニアとして楽しく働くには、スキルが高いのが一番大事であることは言うまでもないだろう。勉強するプログラムなどは人によって違うだろうから、ここでは言語ごとのおすすめ本は載せないが、それよりも、もっと大事なエンジニアとして基礎知識や心構えに関する本を紹介しよう。こういう基礎があるのとないのとでは、長い目でみるとエンジニアとして活躍できる範囲が根本的に変わってくる。エンジニアとして行き詰まった人が計算機科学を勉強しなおすなんてのはよくある事例です。

    『独学プログラマー』 コーリー・アルソフ著 清水川貴之監訳 日系BP社

    独学プログラマー

    本書に書いてある通りに進めれば、プログラム、正規表現、git、アルゴリズム、ファイル操作などプログラマーとして必要なスキルを一通り経験することができる。体系的に学べるというのが大事な点で、それによって知識の抜け漏れを防ぐことができる。独学している人や、周囲に教えてくれる先輩エンジニアがいないとか、あるいは自分のレベルと周囲のレベルが同じ環境にいる人などに有用である。また、エンジニアになりたいと決心した人が最初に読む一冊として最適である。いい本だったので紙の書籍と電子版両方買いました。

    『プロになるためのWeb技術入門』 小森裕介著 技術評論社

    プロになるためのWeb技術入門

    独月のエンジニアや経験の浅いエンジニアが行き詰まったら、それは知識の欠損がある証拠である。自分の専門分野に知識の欠損があれば、それを埋めなければならない。どんなにコンピューターが進化しようともコンピューターは計算機科学の枠組みの中にあるという事実は変わらないわけで、つまり新しい技術であっても基本的な技術の延長にあるのだから、体系的に基礎を学ぶのを疎かにしてはいけない。coookieやhttp通信、データベースなどWeb系のアプリを作りたい人には欠かせない知識を一通り経験できる。2010年の初版のため扱っている言語は古いが、Webの技術を体系的に学べる意味は大きい。今でも継続して売れているのも納得できる。

    『コンピューターはなぜ動くのか』 矢沢久雄著 日経BP

    コンピューターはなぜ動くのか

    かなり読み応えのある本を一冊紹介しよう。この本はコンピューターを学ぶ上でもはや古典的名著と言っても過言ではない。コンピューターは入力、演算、出力をするためにあるというものすごく当たり前のことを一冊かけて丁寧に説明してくれる。作ったプログラムがきれいに動いているが機能を増やしすぎて亀のように処理が遅いとか、そういう問題を解決するヒントはこういう基礎にあったのだ。かなり本格的な内容なので、プログラムを入力しながら本を進めるのではなく、大事なのは紙とペンになるだろう。2003年に発売された古い本だが、本書の内容が色あせることはない。私が人にコンピューターやプログラムを教えるなら、これを教科書にする。

    エンジニアとしてのキャリアを考える

    一口に「エンジニア」と言っても色々なエンジニアとしての仕事がある。大企業の開発部門のエンジニアもあれば、ベンチャー企業のエンジニアもある。様々なエンジニアがいるのだ。そういう「エンジニア」という職業の持つ意味の広さを知り自分がいま仕事をしている環境と比べることで、エンジニアとして楽しく働くことを考えるきっかけとなるだろう。

    『ひとり情シス 虎の巻き – 実話で学ぶITエンジニアの理想の仕事術』 成瀬雅光著 日系BP社

    ひとり情シス虎の巻

    本書は中堅の製造業のIT部門にいた著者が、IT部門の縮小により一人情シスになって経験したことをまとめてある。仮想マシンを駆使し、ばらばらだったサーバーをまとめて監視する対象を減らし、いつも定時で帰っているという。現場のリアルな経験が時系列にまとめてあり、エンジニアが読めばちょっとした冒険気分を味わえるだろう。いつも残業に追われているエンジニアや、社内で唯一のエンジニアという人が読むと得られるものは大きいだろう。エンジニアが組織でどう評価されるかについても著者の考えが書いてあり、エンジニアが置かれるIT現場の現実を知るにはうってつけの一冊。

    『完全SIer脱出マニュアル』池上純平著 シーアンドアール研究所

    完全SIer脱出マニュアル

    富士通株式会社にSEとして入社したエンジニアの体験記。私はSIerで働いたことはないが、本書を読んで「ああ、SIerとはこういう感じなのか、どんなに給料が良くても絶対に働きたくないな」と思った。野心溢れる若者が、現実を知らないでうっかり自分とは相性の悪いSIerにでも入ったら大変である。本書を読めばそういう失敗を未然に防ぐことができる。やはり読書による代理体験は有用だと確信する。また、単に「エンジニア」と言っても様々な業種のエンジニアがあることが分かるのも、未経験の人には勉強になるだろう。

    炎上耐性をつける

    エンジニアとして働く以上は炎上という問題と必ず付き合うことになる。もし炎上を経験したことのないエンジニアの方がいれば、それはエンジニアとして何も経験していないことと同義である。だから仮にあなたが経験者のエンジニアとして開発会社の面接を受ける際は「炎上を経験したことがない」は絶対に禁句である。一発で落ちるから。

    『わたし、定時で帰ります。』朱野帰子著 新潮社

    わたし、定時で帰ります。

    テレビドラマになったらしいが、おすすめするのは小説である。このドラマは舞台がウェブ制作会社であり、ウェブ業界で働く人なら親しみを感じるだろう。著者はウェブ業界で働いていたに違いない。これからウェブ系のエンジニアになって活躍したいと考えている人は、ウェブ制作会社の現場の一端を垣間見ることができるだろう。もちろんウェブ制作会社といっても規模は様々なので、この小説での内容が誰にでも参考になるわけではないが、それでも読む価値はある。そして単純に読み物として面白い。

    『督促OLの修行日記』 榎本 まみ著 文芸春秋

    督促OL修行日記

    炎上については実体験を積むのが一番だが、読書による代理体験も有効だ。お勧めするのは『督促OLの修行日記』だ。カード会社のコールセンターに勤める著者は、カード未払いの人に督促する業務を担当している。著者が催促すると相手は「お前殺すぞ」と脅迫まがいのことを言ってきたりする。こういう厳しい環境で経験し、それとうまく付き合ってきた人の体験談は、開発現場の炎上とどう向き合うべきかと悩む人には福音となるだろう。

    『キングダム』 原泰久著 集英社

    キングダム

    最後に『キングダム』を紹介しよう。いまさら説明不要の人気マンガだが、作者の原泰久さんは元SEで、会社員時代の経験を作品に存分に盛り込んでいる。大抵のSEなら泥沼プロジェクトを経験しているはずで、理不尽な客や上司の中にあって、進むか退くかなどの判断や舵取りが求められる。秦王に仕え、強敵と対峙する主人公「信」の生き様は組織でエンジニアとして働く人にも参考になるだろう。乱世で何でもありの戦国時代末期を舞台にしているので、ビジネスのヒントも満載だ。本作に興味を持ったら司馬遷の『史記列伝』もぜひ手にとって欲しい。

    以上でエンジニアにおすすめの本の紹介第1弾を終える。次回も乞うご期待。

  • 2021年3月に読んだ本から5冊を紹介

    2021年3月に読んだ本から5冊を紹介

    2021年3月に読んだ本から5冊を紹介を紹介する。今月はたまたまデジタル色が濃いものとなった。

    目次

    • 『人新世の「資本論」』
    • 『クララとお日さま』
    • 『アフターデジタル』
    • 『2050年の技術 英「エコノミスト誌」は予測する』
    • 『人類が知っていることすべての短い歴史』

    『人新世の「資本論」』 斎藤幸平著 集英社新書

    人新世の「資本論真っ先に挙げたいのはこの一冊だ。著者の力量たるや見事という他ない。利潤、快適さ、便利さを求める資本主義はそのコストを外部に負わせるわけだが、その結果はご存じの通り温室効果ガスによる地球の温暖化であり、その影響はまず貧しい地域の女性が受ける。市場の力では気候変動は止められない。こういったような話がエビデンスが示されつつ次々に展開される最初の数章を読むだけで暗澹たる気持ちになる。

    著者はSDGsも電気自動車もグリーン・ニューディールも、いずれも表面的に環境対策をした気になれる大衆のアヘンでしかない、あんなものは偽善だと厳しい。我々は気候変動の影響は表面的な対策だけではまったく間に合わない待ったなしの状況であることを知る必要がある。著者の強い危機感が文面ににじみ出ている。徹底した悲観論に立ち、その中でできることを探すしかない。これが今できることだと思い知る。

    マルクスの『資本論』を読むのはかなり厳しいだろうけど、この一冊ならば読めるだろう。新書とは思えないお買い得感がある。本書を読むと悲観的になるかもしれないが、著者のような感覚を持った若い人がこれからの社会で増えて活躍してくれれば、未来は明るいと淡い希望を持たずにいられない。

    おすすめの関連書籍

    • 『資本主義の終焉』 水野和夫著 明石書店
    • 『環境倫理学のすすめ』 加藤尚武

    『クララとお日さま』 カズオ・イシグロ著 早川書房

    クララとお日さま話題の新作につき、色々な人が本書について論じていて、いくつか読んだ限りどれも似た観点ものが多かった。私はITのエンジニアなので、まずは技術的な観点から本書について書くことにする。

    鉄腕アトム、どらえもん、ターミネーター2などロボットが人のように感情を持ち、人と同じように振る舞うモデルに私たちはすでに慣れ親しんでいる。『クララとお日さま』の主人公クララもそういうモデルの一つだ。本書は、現代からすると信じがたいほど高い水準のAIを搭載したロボットであるクララの一人称語りとして進む。クララが見た世界、感じた世界、観察した世界なので、突然起きる機械の不具合で人の顔が分割して見えたりして、そういう描写には読んでいると少しドキッとする。

    私はエンジニアとして機械学習(今日一般にAIと呼ばれるもの実現するための技術の一つ)の勉強をするまでは上記のようなお馴染みのロボットに違和感を感じることはなかったが、機械学習について勉強した結果、現実にAIが人のような感情を持つなんてことは絶対にありえないと理解し、クララについては違和感しか感じなかった。

    だからありがちなSFだろうとわりきって読んだのだが、それでも不思議に思ったのは、人の口元からその感情を読み取るほどの高機能ロボットがいる社会であるのに、車の運転を人がしていることだ。現実には自動運転は目前まできているのに、クララのいる世界で自動運転は普及していないように見える。というわけで、私はこの作品を技術的にはまったくリアリティのないものとして捉えた。

    SFとしていまいちでも、本作の内容は倫理的に考えさせられるものはあるし、純粋無垢なクララと、不穏さを隠そうともしないクララの周りの世界との対比が見事で、読み手は常に緊張を与えられるだろう。

    現実社会では技術が発達するほどに、倫理的な問題がつきまとってくる。本書は技術と倫理の関係について考えるきっかけとなる一冊となるだろう。

    『アフターデジタル』 藤井保文・藤原和啓著 日系BP

    アフターデジタルコロナ禍で明らかになった日本のデジテル化の遅れ。日本では業界によっては未だにFaxを使っているところもあり、にわかに信じがたい。この日本のデジタル化の状況を踏まえて『アフターデジタル』を読むと、IT先進国の中国との歴然たる差に衝撃を受けるだろう。アリババやテンセントが築くデジタル王国のような事例を読むと、未来にタイムスリップした気になる。それくらいの差がある。

    私は確定申告を電子申告しているが、確定申告の締め切り間近の3/15は前は(今年はコロナ禍で4/15だけど)、税務署前は例年長蛇の列ができる。つまり電子申告できない人が並んでいるわけで、それに伴い税務署で働くひともその対応をしないといけないわけで、無駄もいいところである。

    ただ、デジタル化の中国モデルを日本にそのまま適用できるはずもなく、あくまで事例として冷静に捉えればいいのだ。仮に日本でデジタル化が進んでも、中国のように何でもデジタルという世界にはならないだろう。仮にあなたが自社のIT化の遅れを嘆く人だとして、本書を読み「我が社もデジタル化を強化しよう」と意気込んでも、現実に日本式の根回しをしないと何も進まないだろうことは言うまでもない。

    私はITのエンジニアであるから業界関連の本はよく読むが、IT業界の人でなくとも、本書に書かれている程度の内容くらいは把握しておいたほうがいい。でないと次々に登場する新しいサービスにいつまでも翻弄されたままになるだろうから。

    おすすめの関連書籍

    • 『予測マシンの世紀』 アジェイ・アグラウルほか 早川書房

    『2050年の技術 英「エコノミスト誌」は予測する』 文芸春秋

    2050年の技術 英「エコノミスト誌」は予測する複数のライターによる技術の未来予想を楽しめる。トピックは多様で「日本のガラケーは未来を予測していた」とか、「プライバシーは富裕層だけの贅沢品に」、「太陽光と風力で全エネルギーの三割」、「人工知能ができないこと」、「曲がる弾丸と戦争の未来」など多くの人が関心を持ちそうなトピックに溢れている。技術とある通り理系よりの内容だが、中学校理科を理解していれば読めるだろう。

    「ARを眼球に組み込む」というトピックではスマートフォンを指で操作する行為は、前近代的だと感じるくらいデジタル化の進んだ社会が来る世界を予想する。すべてがデジタル化され、身の回りのすべてのものがコンピューティング能力を持つため、コンピュータという言葉自体が使われなくなるというのだ。『アフターデジタル』と同様、技術が好きな人やIT業界にいる人は、将来どんな技術が一般的になものとして普及するか、本書を読むと刺激をかき立てられるだろう。希望に溢れた本というわけではないけど、長生きして未来の技術を見たいという気にさせてくれる一冊だ。

    おすすめの関連書籍

    • 『インターネットの次にくるもの』 ケヴィン・ケリー著 NHK出版

    『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン著 NHK出版

    人類が知っていることすべての短い歴史『ビッグヒストリー』を読んで以来、科学史の関心が強くなり、その一環として本書を手に取った。実はかなり昔から積ん読になったままだったのだが、こんなに抜群に面白い本が10年近く本棚に放置していたのを後悔している。おいていた理由は分厚いからで、本文だけで600ページほどある大部の著であるからなのだが、読み始めるとエンデの小説のように一気に引き込まれる。分厚さは一瞬で忘れる。

    イギリスのエリートが通うイートン校のおすすめリストにも入っている本書は、宇宙の誕生、地球の大きさ、原子などミクロの世界、生命の誕生など一般に理科とか科学と言われるものを、どういう人が発見し、どのようにその発見が世界に広まっていったか、面白いエピソード満載で次々に紹介してくれる。難解なところはないので、高校生とか利発な中学生でも読めるだろう。

    科学史に残る偉大な何らかの発見をしたたいていの人は、発見当時は評価されず、また変態と言えるほど奇人・変人ばかり。変人なので、せっかく自分の発見したことをレポートにまとめても、机にいれたままで、それが世に出るのが発見者の死後50年後とか100年後とか、そういう話がたくさん出てくる。極めつけはキャヴェンディッシュだろう。この人が誰にも告げずに発見もしくは予測していた事柄のほんの一部を挙げると、エネルギー保存の法則、オームの法則、電気伝導率の原理などだ。

    あるとき、キャヴェンディッシュが玄関のドアをあけると、目の前にウィーンから着いたばかりというオーストリア人が立っていた。キャヴェンディッシュを崇拝する人物で、興奮した面持ちで賛美の言葉をべらべとしゃべり始める。しばしのあいだ、キャヴェンディッシュは相手の賛辞をまるで鈍器で殴られるような感じで受け取っていたが、とうとう耐えられなくなり、戸を大きくあけ放したまま、玄関前の小道に飛び出して、門の外へと逃げてしまった。なだめすかされて屋敷に戻るまで、何時間もかかった。ふだんも、家事を切り盛りする雇い人とさえ、手紙で指示をやりとりしていたほどだ。

    『人類が知っていることすべての短い歴史』 p93

    今の日本では女性蔑視がまかり通り、ひとの多様性は排除される状況にある。したがってキャヴェンディッシュのような有能な変人が世の中にいても、その可能性の芽が摘まれてしまっているかもしれない。それが社会の損失であることは疑いの余地はなく、社会はもっと多様性を当然ものとして受け入れなければならない。本書は、読むことで科学史に詳しくなれるだけでなく、社会のあり方について考えるきっかけともなる。

    おすすめの関連書籍

    • 『コペルニクス革命』 トーマス・クーン著 講談社学術文庫
    • 『オリジン・ストーリー』 デイヴィッド・クリスチャン著 筑摩書房
    • 『科学大図鑑』 アダム・ハート・デイヴィスほか 三省堂
  • 本当にあった怖い話「サーバーがクラッキングに遭って復旧できなかった件の末路とやるべきだった事」

    本当にあった怖い話「サーバーがクラッキングに遭って復旧できなかった件の末路とやるべきだった事」

    さくらインターネットやカゴヤなど、またAWSやgcpなど色々なサービス事業者から便利なサーバー周りのサービスが展開されており、気軽に使うことができる環境が整っている。一昔前ならルート権限のあるサーバーを操作するには、自分でサーバーを立てるとか、あるいは専用サーバーを借りるとか相当な費用と労力が必要だったが、今は安価にルート権限のあるサーバーを操ることができ、隔世の感がある。

    とはいえ、サーバーを管理したりサービスを構築するのはやはりエンジニアでないとできないのが現実だ。セキュリティリまわりのリスクをゼロにすることなど不可能で、どんなに鉄壁にしても必ず穴はある。従って、サーバー周りのサービスはある日突然使えなくなることを前提に、日々の運用を設計しないといけない。こんなことはウェブエンジニアであれば当然理解しているが、理解していても面倒だから放置とか、あるいはリテラシーが低くてバックアップをとることを考えていないなどのケースがある。

    今回は不運なことにウェブサイトが消失した事例を紹介しよう。

    クラッキングされた事例

    先月のことなのだが、ある会社から自社のウェブサイトが表示されなくなったから調べて欲しいと依頼を受けた。その会社のウェブサイトはさくらVPSを使っており、さくらインターネットのabuse対策チームからこんな連絡を受けたとのこと。
    「abuse対策チーム」とはなんぞや?と思い検索したら、さくらインターネットが提供するサービス内から、不正アタックや権利侵害に関するものがあれば受け付けますよ、といいうものだった。さすがさくらインターネット、ちゃんとした会社である。いや、窓口があるのは当たり前か。
    https://abuse.sakura.ad.jp/

    さて、その会社がさくらインターネットから受け取ったメールは以下のようなものだ。少し長いが引用する。引用メールは長いので全部まじめに読む必要はない。

    ○○ 様

    ご連絡いただきありがとうございます。
    さくらインターネットabuse対策チームでございます。

    ご連絡いただきましたところ恐れ入りますが、現状のまま制限を
    解除いたしますと前回同様の症状が発生する可能性がございますため
    制限を解除することができかねます。ご了承ください。

    制限解除につきましては、本件のご回答及びその内容を確認、検討しました
    うえで、弊社営業時間内での対応となります。あらかじめご了承ください。

    なお、ご利用サーバにつきましては、管理者権限をお客様にお渡し
    しているサービスとなりますため、原因については弊社にて特定
    することができません。

    恐れ入りますが、お客様にてご利用サーバ内に不審なファイルや
    プロセス等が起動していませんか調査・ご対応を行っていただけますよう
    お願いいたします。

    また、一例となりますが、考えられる原因等については以下をご参考ください。

    ○考えられる原因
    ・CMS(WordPress・joomla!・など)やウェブアプリケーション、その他の
    ウェブに公開したプログラムの脆弱性を悪用されている。
    ・CMS・ウェブアプリケーション類のログイン権限をもつユーザのパスワードが
    漏洩し、悪用されている。
    ・アプリケーションサーバ、データベース他、ミドルウェアの脆弱性を悪用されている。
    ・アクセス制限を設定していないサービスを悪用されている。
    ・管理用ユーザ、一般ユーザ、試験目的のユーザアカウント等のパスワードが漏洩し悪用されている。

    ○必要な対策
    ・【重要】ご利用サーバ内の覚えのないファイル・フォルダを探し削除する
    ・【重要】不正なプログラムが動作していないか全てのプロセスを調査する。
    ・chkrootkit、rkhunter、maldetect等を活用し攻撃プログラムを捜索し削除する。
    ・悪用されたユーザアカウントがないか調べて対策する。

    ・重要なデータを他の環境にバックアップする。
    ・調査困難な場合・原因不明の場合は、OS再インストールを検討する。

    ○再発防止策
    ・不要なCMS・ミドルウェア・ソフトウェアを削除する。
    ・不要なサービスを停止する。
    ・不要なユーザアカウントを削除する。
    ・パスワードの管理ポリシーを検討する。

    ・OSのアップデートを実施する。
    ・ミドルウェア・ウェブアプリケーション・CMS等を最新のバージョンへアップデートする。

    ・iptables・firewalldなどファイアウォールを設定する。
    ・各ミドルウェアに固有のアクセス制限機能がある場合、設定する。

    ■注意事項・考えられるリスク
    ・対策が不十分な場合、再発する危険があります。
    ・調査対策が困難な場合は、OS再インストールをご検討ください。

    ▼OS再インストール(さくらのVPS)
    https://help.sakura.ad.jp/hc/ja/articles/206207961

    さて、こんなメールが来た経緯を先方に質問すると、かなり昔営業されるがままにWeb制作会社と契約しウェブサイトとCMSを契約し、その管理にさくらVPSを使っているとのことだった。もちろんその人自身はhtmlも知らないど素人である。納品後自分でウェブサイトを編集したことは一度もないとのこと。ずいぶん前から業者と連絡はとれなったが、ウェブサイトは表示されているので気にしていなかったそうだ。

    そんなある日、さくらインターネットからメールが来て、ウェブサイトも表示されなくなった。メールの内容がまったく分からないから相談したい、とのことだった。

    時すでに遅し

    復旧が可能かサーバーのログイン情報を預かりssh接続を試みたがすでにできない。というか、さくらインターネットから対策はいついつまでにやるよう連絡が来ていて、私が先方から連絡をもらった時点ですでにその期限を過ぎていた。SSH接続はロックされていて、CPUも制限がかかりできることがない。私は「もうできることないです」と先方に無情に伝えた。そう復旧不可です。

    ウェブサーバーに限らず、人の作るシステムに障害はつきものである。障害やトラブルはいつ発生してもおかしくないくらいの認識をしておいて間違いない。先日のみずほ銀行のシステムトラブルもしかりだ。

    便利なシステムをいつでも使えるとつい勘違いしてしまうが、利用者にだけただひたすら都合のいいシステムなど世の中には存在しない。ある日突然トラブルが起きたり、使えなくなったりする。宇宙にある全ての物質は無秩序な状態に戻ろうするのだ。そうエントロピー増大の法則である。システムももちろんその対象だ。この辺りの話に関心がある方はデイヴィッド・クリスチャンの『オリジン・ストーリー』とか、私の愛読書『核は暴走する』を読んでください。

    ウェブサーバーでとるべきバックアップ

    さて、ウェブサーバーの話に戻すと、ここまで障害が起きることが分かっているのだから、復旧できるような体制にしておくしかない。どんなに万全な対策をとっても災害や情報流出、些細なトラブルがきっかけとなり事故は起きる。だからバックアップをとっておくのだ。

    CMSを導入している場合、単に「バックアップをとる」と言っても色々なレベルのバックアップがあるので、具体的に説明しておこう。

    ウェブサーバーとCMSのバックアップの種類

    • DBのdumpと画像などメディアファイル
    • CMSの設定ファイル
    • ディスクイメージ
    DBのdumpと画像などメディアファイル

    CMSを導入している場合DBのdumpと画像などメディアファイルさえあれば、復旧はたいていの場合なんとかなる。例えばWordPressなどのフリーのソフトウェアを使用している場合はソフトは誰でも入手可能なので、データベースと画像ファイルやCSSなどの外部ファイルさえあれば最終的に復旧はできる。最低限のバックアップだし、また扱うデータが少なくて済むので、日常的に取得するべきバックアップはこれだろう。ウェブサイトの更新頻度にもよるが、毎日とか週間といった頻度だ。

    CMSの設定ファイル

    DBのdumpや画像ファイルで記事を復元できても、デザインテンプレートなどは復元できない場合がある。これはCMSの仕様にもよるが、例えばWordPressの場合はデザインまでは復旧できない。したがってCMSの設定ファイルやデザインテンプレートのようなものもバックアップを必ずとるべきだ。これも更新頻度による。日常的に更新するならDBなどと一緒にバックアップを取得する運用体制にしないといけない。

    ディスクイメージ

    ディスクイメージとはOSを含むバックアップだ。これはデータ容量が極めて大きく扱いにくい。日常的にとるバックアップではないし、そんなのエンジニアでも面倒がってやらないと思う。しかしいざ有事の際は、別のサーバーにまるごと現環境を再現できるのだから、やはりとっておくといい。OSやミドルウェアなどの変更がある度にバックアップをとればいいだろう。

    また、ライセンス購入したCMSなどの場合も、このディスクイメージがあると復元できる可能性がある。例えば販売元の会社がなくなってしまった場合などに備えてディスクイメージを作成しておくといいだろう。ただし、最初の書いた通りデータ容量が大きいので、サーバー容量が50%以下のときでないとディスクイメージは作成できない。

    以上はCMSを使っている事を想定しているが、他にもバックアップを「どこに保存すべきか」など考慮すべき点はたくさんある。例えば、ある会社に一人しかエンジニアがおらず、バックアップをそのエンジニアに任せきりの場合、その人が退職したら、あるいは突然病気になったら、、他の人はバックアップの保存場所も分からない。こんなことはどこの会社でも起こり得ることだ。

    まとめ

    最後にこの記事のポイントとなる点をまとめておく。

    • 客のリテラシーを考慮しない悪質な業者にご用心。音信不通になったらアウト
    • バックアップがないとサーバーの復旧は不可。トラブルが起きてからからでは遅いので日頃からバックアップを取得する体制にしておく
    • バックアップには種類がある。目的に応じて必要なバックアップを取得するべし。大きなシステムの場合はバックアップとる運用を設計しないといけない
    • 一人にバックアップを任せるのは危険
    • 難しい作業はプロに任せよう。けちった代償はウェブサイトの消失でリカバー不可
  • 転売ヤーはどうやってPS5を独占しているのか?エンジニアが想像してみた

    転売ヤーはどうやってPS5を独占しているのか?エンジニアが想像してみた

    大人気のPS5の品薄が続いている。生産台数が需要に追いついていないのだろうが、やはり転売屋の存在が、PS5を喉から手が出るほど欲しくてしょうがない人を大きく刺激しているのは間違いないだろう。

    ここで素直な疑問が生じる。職業的に転売をしている奴らはいったいどうやってPS5を買っているのだろうか?この疑問について、ITエンジニアの視点から、インターネットの技術的な面を踏まえて説明をすることにしよう。

    なお、先に書いておくが、この記事を読んでもPS5を買えるようにはならないので、先にお断りしておく。

    目次

    • インターネットにあるbotという情報収集プログラム
    • PS5の在庫更新状況を得る方法
    • 問題はbotの頻度だ
    • では転売屋はどうやって購入しているのか

    インターネットにあるbotという情報収集プログラム

    しばらく技術的な説明が続くが、大事な点なのでしっかり読んで頂きたい。

    インターネットにはbotという情報を収集するためのプログラムがある。もっとも有名なのはgoogleである。googleが有名になったのは今から約20年くらい前からと記憶しているが、要するにけっこう昔からあることはお分かり頂けるだろう。google以外にもMSNとかYahooとか、bingとか他にも無限といっていいほどのプログラムがインターネットを巡回して情報を収集している。これをbotと呼ぶことにしよう。

    botはインターネット上の様々なウェブページやらブログ記事、ニュースサイトなどを巡回するわけだが、ここで伝えたい大事な点がある。それは、botがあるウェブページにアクセスするのと、人があるウェブページにアクセスするのとに、たいした違いはないということだ。

    ウェブページが表示されると、その分だけサーバーには負荷がかかる

    どういうことか詳しく説明しよう。インターネットに接続されたサーバーというコンピュータにウェブページのデータが置かれているのだが、そのページにbotがアクセスしようと、人がアクセスしようと、サーバーには負荷がかかるという点に違いはないのだ。人であれbotであれウェブページにアクセスすると、サーバーに負荷がかかる。これは重要なことなので覚えておいて欲しい。後ほどこの話が再び出てくる。

    ウェブページにアクセスするとサーバーには足跡が残る

    もう1つ大事なことを伝えるとしよう。それは人であれbotであれ、ウェブページにアクセスするとその足跡は必ずサーバーに残るということだ。新聞の社会面を読んでいると、掲示板に脅迫を書き込んだ男が逮捕されたとか、SNSが炎上し人を中傷した男が逮捕されたなどの記事に出くわすことがあるが、警察がどうやって人物を特定しているかというと、このネットに残る足跡を手がかりにしているからだ。

    ここで足跡の具体例を見てもらうことにしよう。初めて見る人は面食らうかもしれないが、難しいものではない。ここに示すのは、私が管理しているサーバーのアクセスログである。プライバシーのために一部内容を変えてあるが、人がウェブページを見ると、こんな足跡がサーバーには残る。

    36.3.178.xx – – [08/Jun/2020:15:51:51 +0900] “GET / HTTP/1.1” 500 5 “-” “Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/83.0.4103.61 Safari/537.36” “-“

    一番最初の数字:36.3.178.xxはIPアドレスと呼ばれるものだ。いまこの記事を読んでいるあなたも、なんらかのIPアドレスからアクセスしている。新聞の社会面で「IPアドレス開示請求」のような文言を見ることがあるが、そのIPアドレスである。アクセス元のIPアドレスとアクセス先のIPアドレスが出会った時に、特定のウェブページ(動画や画像なども含む)を見ることができるのだ。アクセス元は人またはbotで、アクセス先はサーバーのことだ。

    IPアドレスの次にはアクセスした日時があり、しばらくいくと Windows、Chrome、Safariなどと書いてあるのが分かる。これはアクセスした人のOSがWindowsなのか、Macなのか、それともiPhoneなのかAndroidなのかなどの情報である。そしてブラウザも特定できる。スマホしか使わないようなリテラシーの低い層は「ブラウザ」という言葉すら意識しないでネットサーフィンをしている人もいるだろうが、Chrome、Safari、なつかしのIEなど様々なブラウザがあり、そういったことも足跡として残るのだ。

    上記の足跡は人がアクセスしたと思われるものなのだが、ここでbotがアクセスした場合の足跡を見ることにしよう。これも私の管理しているサーバーにある足跡の例である。よくみるとbotという文字があるのが分かるだろう。一番下の行はgoogleのbotである。

    Mozilla/5.0 (compatible; Adsbot/3.1)
    Mozilla/5.0 (compatible; bingbot/2.0; +http://www.bing.com/bingbot.htm)
    (compatible; PetalBot;+https://aspiegel.com/petalbot)
    Mozilla/5.0 (compatible; Googlebot/2.1; +http://www.google.com/bot.html)

    ここでは分かりやすく説明するためにIPアドレスや日時は省いたが、大事な点は、サーバーからするとbotのアクセスの場合はbotだと分かるということだ。この足跡は「アクセスログ」などと言う。

    ここまでのまとめ

    botはインターネットを巡回して情報を収集しているわけだが、プログラムを使ってネットの情報を集めることをインターネット関連の技術者たちは「スクレイプ」と言っている。厳密にはWebページから必要な情報を抜き出すことを指す。

    これはウェブのエンジニアであれば誰でも知っている技術で、簡単に組める。もちろん私も組める。パソコンに詳しい人が少し勉強すれば、簡単なスクレイプのプログラムくらいできるだろうし、今どきは小学生のためのプログラミング教室なんかもあるから、プログラムが得意なら子供でもできるだろう。はっきりいってスクレイプ自体は全然難しいものではないし、特別に新しい技術でもなんでもないのだ。だってgoogleが20年前からしているくらいだから。

    「bot」と「スクレイプ」の違いが気になるかもしれない。また類似用語に「クローラー」もあるが、この記事の文脈においてはほぼ同義と捉えてもらって構わない。「プログラムで情報を自動収集する」という程度の認識で問題ない。

    • スクレイプはgoogleが20年くらい前からやっている技術
    • ウェブページを人が見ようとbotが見ようとサーバーには負荷がかかる
    • 人のアクセスとbotのアクセスは見分けることができる

    PS5の在庫更新状況を得る方法

    インターネットの技術についての説明が続いたて飽きた人もいるだろうが、ここからは転売ヤーの話題だ。勘のいい人ならすでにお分かりだろう。ずばり書くと、AmazonやらSony、家電量販店のネットショップなどのPS5のページ情報をbotで収集し、在庫が入れば通知がくるようプログラムを組めばいいのだ。いくらPS5が欲しくてもパソコンのモニターの前に張り付いてずっと購入ページを見張っているわけにはいかない。だからbotにやらせるのだ。

    PS5の価格や入荷を監視する簡単なbotなら私でもすぐ作れるので作ってみた。これがそのサンプル。なおbotといってもこれはサンプルなので、1日に1回しか動かしていないが。

    さて、botができたらあとはbotで定期的にページ情報を取得し、保存していけばいい。在庫を表示する箇所に変化があった場合にアラートを上げるようにすれば出来上がりだ。botの収集は1秒おきでも設定できし、もっと細かい設定もできる。人がするのとは比較にならないくらいの速度で情報を収集できるのがbotの利点なのだ。1時間に3600回もアクセスすればPS5を買うのも夢じゃない!

    と、ここまでは誰でも思いつくだろう。ところがどっこい。

    問題はbotの頻度だ

    PS5をどうしても欲しいあなたは、プログラムの本を片手に見よう見まねでスクレイプのプログラムを作ったとしよう。そのプログラムを自分のパソコンで1秒おきに実行すれば、更新された在庫情報をすぐ検知し高い確率でPS5を購入できる。これで気分はほくほくだぜ。「二台目を買えたら転売しちゃおうかな、ひゃっほい」、、、、、とはならないのだ。

    ここで上に書いた重要な点が出てくる。それはウェブページを人が見ようとbotが見ようとサーバーには負荷がかかる、という事実だ。私自身ウェブサーバーを管理する者として言えるのだが、くそみたいなbotのせいでサーバーへの余計なアクセス負荷がかかるというのは我慢ならんのである。

    たいていのサーバーには人に見て欲しい記事やら写真のデータが存在する。もう一度書くが、人に見て欲しいのだ。botに見て欲しいわけではない。botのアクセスによってサーバーに負荷がかかり、サーバーの動作が重くなってしまうと、人に見てもらう機会を損失するかもしれない。

    だから、サーバー管理者は異常な回数アクセスをしてくるbotを手を尽くして遮断しようとする。同じIPアドレスから1秒おきに同じページへのアクセスがあれば、明らかにそれはbotであると分かる。そんなの一瞬で判断できるのだ。サーバー管理者がそういうアクセスを検知したら、アクセス元のIPからアクセスできないようにする。さらに、最近はAIを導入して異常アクセスを自動で遮断する技術もあるくらいだ。

    去年だったか、sharpがネットでマスクを販売開始したらすぐにウェブサイトが閉じてしまった、みたいなニュースがあったのを覚えていないだろうか。あれはマスク販売開始と同時にアクセスが殺到し、サーバーを守るAIが普段とは異なるアクセスパターンを検知して、人のアクセスであるにもかかわらずサイトへのアクセスを遮断してしまったから起きたのだ。

    というわけで、素人のあなたが見よう見まねで頑張ってスクレイプのプログラムを組んでも、PS5を買うことはできない。まして相手はAmazonやら楽天やら、名だたる家電量販店のサーバーである。そういうサーバーを管理している技術者は腕がいい。素人がそれを突破できるはずがない。

    というわけで、あなたのPS5を手に入れるという夢ははかなく散ったわけであります。

    では転売屋はどうやって購入いるのか

    ここからはイタチごっこの話だ。サーバーを管理者は異常なアクセスをするbotはすぐ分かると書いたが、もしそれを、異常だと判断しなかったらどうだろうか。botはサーバー管理者をすり抜け首尾よく目的のページに達して目当てのPS5の在庫情報を得る。そして誰よりもはやくそれを買うことができる。そんなことが果たして可能なのか。

    これは具体的には私も分からないから、おそらくこうだろうという想像で書く。まず同一IPアドレスからの秒単位での連続アクセスは明らかに異常であるのは明白なため、簡単にはじかれる。ではそれが、異なるIPアドレスからであればどうだろうか。様々なIPから人がアクセスするかのようにbotがアクセスしてきたら、サーバー管理者はそれが異常と見なさない可能性がある。

    異なるIPアドレスを用意するには、たくさんのサーバーやパソコンが必要である。転売ヤーはそれらのサーバーに自作のbotを仕込んで意のままにコントロールすれば、サーバー管理者を守備網を突破できるかもしれない。仮に1時間に1回スクレイプするプログラムをサーバーに仕込むとして、1秒ごとに更新情報を得たいなら3600台の異なるIPアドレスのサーバーが必要となる。

    なお、いまどきサーバーは必ずしも物理的な1台が必要なわけではなく、仮想サーバーといってソフトウェアの力でまるで一台のサーバーであるかのように扱える技術もある。これを専門用語でVMという。Virtual Machineの略だ。エンジニアであれば馴染みの技術である。あなたのパソコンにもVMをインストールすれば、1台のパソコンに複数のパソコンがあるように扱うことができる。

    VMの技術を利用したサーバーはVPSと呼び、色々なインターネット事業者がサービス展開している。安いプランなら月額600円とかから使える。とはいえ、転売ヤーはモラルのない人たちだろうから、数千台のサーバーをわざわざお金を払って契約するとは思えない。転売の利益が減ってしまうからだ。従って、奴らが操るコンピュータのなかには不法に乗っ取ったサーバーやコンピュータも当然あるだろう。

    転売ヤーは自分でサーバーをたてたり、どこかの会社のサービスに正規料金をはらって利用したり、あるいは不法に乗っ取ったサーバーやコンピュータを利用したり、様々な方法を組み込み合わせて、日々方法を変えて、スクレイプしているのだろう。ここでポイントと整理する。

    • 腕はいいがモラルのないパソコンおたくみたいな奴らが職業的に転売ヤーをやっている
    • 職業的とは、つまり時間と費用、技術を惜しげも無く日頃から投入しているということ

    というわけで、やっぱり素人が奴らに勝てる術はないのだ。残念ながらこれが現実である。どうしてもPS5を欲しければ抽選に当たるのを祈るだけだ。考えてもみれば分かることだが、販売元たるメーカーも腕のいいエンジニアを雇って色々対策をしているのに、それでも転売屋に買われてしまうのである。転売ヤーも同じくらい技術があるか、あるいはもっと腕がいいということだ。そういう人たちが互いに競っているのだから、上に「イタチごっこ」と書いたのはこういう訳である。

    なお、この記事では転売ヤーが買うものをPS5としたが、これがチケットでも品薄時のマスクでも、amazonプライムデーの目玉商品でも当てはまる。人気商品や激安販売の情報をめざとく嗅ぎつけ高値で売り抜ける。奴らは常に先を行っているのだ。

  • 2021年2月に読んで面白かった5冊を紹介

    2021年2月に読んで面白かった5冊を紹介

    『オリジン・ストーリー』 デイヴィッド・クリスチャン著 筑摩書房

    オリジン・ストーリー

    本書は宇宙物理学、地質学、生物学、歴史学、哲学、経済学などを含む幅広いテーマを扱っている。『ビッグヒストリー』を読んですっかり心奪われてしまって以来、デイヴィッド・クリスチャンの著作を追いかけている。『ビッグヒストリー』は3名の著者による共著だがこの『オリジン・ストーリー』はデイヴィッド・クリスチャンの単独の著作だ。作品全体の統一性という観点からすると、単著のほうが好ましいのは言うまでもないだろう。著者の考えを一貫して学べるからだ。

    本書で宇宙誕生以来の歴史を学んだ後は、読者は天文学を学ぶもよし。あるいはプレートテクニクスに興味を持つかもしれないし、生物学に関心を引かれドーキンスの『利己的な遺伝子』を読むかもしれない。つまり本書を起点にして様々な世界が拡がるのだ。読者は『オリジン・ストーリー』に書かれているような包括的な歴史を、質の高いテクストで学べる時代にいる幸運を味わうことができるだろう。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』と並び、いま読んでおくべき一冊だろう。

    おすすめの関連書籍

    • 『ビッグヒストリー』 デヴィッド・クリスチャン、シンシア・ストークス・ブラウン、クレイグ・ベンジャミン共著 明石書店
    • 『サピエンス全史』 ユヴァル・ノア・ハラリ著 河出書房新社

    『エネルギー400年史』 リチャード ローズ著 草思社

    エネルギー400年史

    『ビッグヒストリー』を読んでからというもの、私は「エネルギー」というものに強い関心を持つようになった。わざわざかっこをつけたのだから、ここでいう「エネルギー」には広い含意があるのはお分かり頂けるだろう。

    今日の世界では、ビルの上の階に行くにはエレベーターを用い、遠くには行くには車に乗り、さらに遠くに行くには飛行機に乗り、夜中でも明かりをつけ快適に読書ができ、家にいながらいい音で音楽が楽しめ、冬でも暖房で快適に過ごす。これらのことは誰も疑問を持たないくらい当たり前のことになったが、これらすべての行為のベースにはエネルギーが安定供給されるという前提がある。

    エネルギーが安定供給される以前の世界で、人は少しでも楽で快適な生活が送られるようエネルギー源を求めて奔走した。木材を求めて燃やすのも、石炭を馬で運ぶのも、石油を採掘するのも、ガスをひくのも、黒船がアホウドリのウンコを探して太平洋を西に進んだのも、どれもエネルギー源を求めての行為だ。そんなエネルギー源をもとめる人の歴史400年ほどを、ざっと概観しようというのが本書の試みだ。

    本書の終わりのほうにはチェーザレ・マルケッティというイタリアの物理学者のグラフが登場する。個人的にはこの最後の数ページのためだけに本書を買う価値は十分にあると思ったグラフなのだが、このグラフの意味するところは、新しい技術が完成し人が新しいエネルギー源を得ても、それが人々の間に普及するには時間がかかるということだ。仮に今後新しいエネルギー源が都合よく登場しても、それが今普及しているエネルギー源にとって代わるには50年とか100年かかることがこのグラフかわ分かる。しかし脱炭素化社会は喫緊の課題であり、100年もの猶予はない。

    日本は政治的な理由で原発は使えず、冬になると電力事情は逼迫するのに、相変わらず火力発電から抜け出せない。日本の電力事情に突きつけられるこのグラフの語るところは、重い。

    参考までに日本の電力事情を挙げておこう。資源エネルギー庁「電力調査統計」より。

    2018年の発電電力量(単位は百万kWh)
    火力発電 823,589
    水力 87,398
    原子力 62,109
    太陽光 18,478
    風力 6,493
    地熱 2,113

    おすすめの関連書籍

    • 『資本主義の終焉と歴史の危機』 水野和夫著 集英社新書
    • 『新・環境倫理学のすすめ』 加藤尚武著 丸善ライブラリー

    『AU オードリー・タン 天才IT相7つの顔』 アイリス・チュウ著 文藝春秋

    AUオードリー・タン

    一人の天才が現れると、イメージが一人歩きしネットでは異常なまでにもてはやされる。その天才は神格化され、実態以上のものとして扱われることが多い。福島の原発事故の時の吉田所長の英雄扱いを思い出せば、よく分かるだろう。本書は台湾のIT相オードリータンを取材したものだ。AUとはオードリータンのハンドルネームとのこと。

    コロナ禍における台湾のマスク問題を解決したオードリータンだが、一人でプログラムを作って解決したわけでもなんでもない。実際にはチームを組んで問題解決にあたった。本書のような冷静な筆の運びの本で、もてはやされる人や現象の実態を知るのは大事なことだろう。とはいえ天才で魅力的な人物であるのは間違いないようだ。仕事をするうえでオードリータンのような姿勢に少しでも近づくことができればと、つくづく思う。

    共働は形式も大切だが、さまざまな人の異なる意見を進んで理解する者がいることの方が、もしかするとより大切かもしれない。そのことをほぼ直感で理解していたタンは、異なる考えの相手の相手に対してすべきことは、説得ではなく、相手の立場をより深く知り、その立場から別の人とと口論ができるくらいまで全面的にその考えを理解することだ、と考えていた。

    そしてさらに私が関心を持ったのは、オードリー・タンが選んだ人生で最も影響を受けた20冊だ。中国の古典、柄谷行人、ウィトゲンシュタイン、ミヒャエル・エンデ、トルーキンなど多様な20冊が並んでいて、どれも面白く必読というべき本ばかり。柄谷行人がリストアップされていたのには少し驚いたが、読書リストより衝撃を受けたのはオードリータンの読書法だ。本文より一部引用する。

    もし明日の会議のために400ページの資料を読む必要があるとすると、就寝前に400ページすべてをめくってから眠る。すると朝起きた時には読み終わっているのだ。睡眠時間を利用して大量の資料を理解できるのだから、非常に省エネだ。

    目が覚めたら読書は終わってる。ホントかいな。

    おすすめの関連書籍

    • 『チームの力』 西條剛央著 ちくま新書
    • 『総務部長はトランスジェンダー 父として、女として』 岡部鈴著 文藝春秋
    • 『フェイクニュースの見分け方』 烏賀陽弘道著 新潮新書

    『生と死を分ける数学 人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ』 キット・イェーツ著 草思社

    生と死を分ける数学

    本書は抜群に面白い。数学の本だけどもちろん数学的な素養がなくても読める。読んで面白く、しかもためになるという希有な書だ。本書の内容をかいつまんで説明すると、世の中のあらゆる物事の裏には数学がある。それが見える人と見えない人との間には大きな溝があり、その溝が時と場合によっては生死をも分ける。少し大げさだろうか?

    このコロナ禍でよくニュースでも取り上げられた用語に「偽陽性・偽陰性」と「実効再生産数」というのがある。本書ではこれらの用語についても正確に説明してある。偽陽性の事例を乳がんのマンモグラフィー検査で陽性が出た女性のうち、真の陽性である人は圧倒的に少ないことを挙げている。こういう数学的な知識があれば、様々な検査結果に一喜一憂する必要もなくなる。

    「私は文系だから数学はちょっとね」となんとなく数学周りの話題をやり過ごしている諸兄にとって、本書は福音になるだろう。あなたが数学が苦手な場合、難しく複雑な偏微分や行列を計算できる必要はないだろうが、それでも簡単な比率、割合、確率、統計くらいの概念は身につけたほうがいい。間違いなくそれまで見えなかったものが見えるようになる。文学部出身で30歳を過ぎてから数学を勉強し、エンジニアとして仕事で数学を使っている私が言うのだから間違いないです。

    おすすめの関連書籍

    • 『数学嫌いな人のための数学―数学原論』 小室直樹著 洋経済新報社
    • 『統計でウソをつく法』 ダレル・ハフ著 講談社

    『ブラック霞ヶ関』 千正康裕著 新潮新書

    ブラック霞ヶ関

    まずは上の帯を見て欲しい。これが普通でないことは誰でも一瞥して分かる。しかし、中央官庁ではこんな勤務が常態化しているのだ。音にきく官僚の激務ぶりだが、本書でその実態がよく分かる。内閣は働き方改革をうたっているが、足下の霞ヶ関から始めたらどうだろう。そうでないと優秀な官僚が能力を発揮できない。いまの省庁の仕事のありかたは国益に反する。

    いつだったかイージス・アショアの計画停止についての住民説明会を防衛省が行った時、その説明会で職員が居眠りをして住民に怒鳴られるニュースがあったのを記憶しているが、『ブラック霞ヶ関 』を読んだ後で思うのは、その居眠りをしていた人は連日の激務で本当に疲れ果てていたのだろうということ。ニュース映像では官僚が住民に激怒されている場面なんてのはニュース映えするから盛んに放映されるが、あんな映像はマスコミ発のただのエンターテインメントである。その裏側にどういう事情があるか冷静に見ないといけない。

    ニュース動画

    上記ニュース映像で岸田氏が「防衛省はてきとうな仕事をした」という旨のことを言っているが、丁寧な仕事をする環境にないのだと思う。この官僚の激務に関しては喫緊の課題だと思うが、今回のコロナ禍によって変化が見られる。この本を読んで以降、国会の資料のペーパーレス化や自治体のシステムのクラウド共通化など国益になる新聞記事が目につくようになった。日本社会が少しずつでも前進していると信じる。

    おすすめの関連書籍

    • 『なぜ日本の社会は生産性が低いのか』 熊野英生著 文春新書
    • 『日本人の勝算』 デービッド・アトキンソン著 東洋経済新報社
  • 2021年1月に読んで面白かった5冊を紹介

    2021年1月に読んで面白かった5冊を紹介

    1月に読んだ本の中から興味深かった5冊をここに紹介する。なお、面白かった順に紹介しているわけではない。今月はたまたま、「教育」に強い関心のある人が書いた書籍が印象に残った。ここでいう「教育」とは子供の教育だけではなく、社会人学習も含む。

    1. 『自分の頭で考える日本の論点』
    2. 『見抜く力』
    3. 『AI時代に生きる数学力の鍛え方』
    4. 『世界の住所の物語』
    5. 『ユーザーフレンドリー全史』

    『自分の頭で考える日本の論点』 出口 治明著 幻冬舎新書

    新書でありながら400ページを超える意欲的な書籍で、現下日本社会のもつ課題を22点挙げて、それぞれの論点についての基礎知識と著者の考えが併記される形式で構成されている。

    新聞やニュースで取り上げられる様々な課題、例えば「コロナ禍の対応は適切だったか」「温暖化は本当に進んでいるのか」「年金は破綻するのか」「少子化は問題なのか」「人の仕事はAIに奪われるのか」など誰もが関心をもつであろう論点ばかりで、すらすら読める。事実を論拠に鋭い切り口で論点にせまる著者の口調は厳しいが、裏を返せば日本は成長の余白だらけであることを示しているのだが。さて、その厳しい一例を紹介すると、例えばこんな感じだ。

    • 日本の正社員は年間2000時間以上働いているのに、経済成長は1%しかしていない。
    • 製造業は低学歴産業
    • 日本の大学生が勉強しないのは企業の責任

    これらはあくまで一例に過ぎないので、詳しい内容は本書を手に取りじっくり読んで欲しい。特に赤字財政については著者の強い危機感が行間ににじみ出ている。本書を読んで得られる情報の質と量を考えると、1100円+税とすさまじくお買い得な一冊です。

    おすすめの関連書籍

    • 『ファクトフルネス』 ハンス・ロスリング著
    • 『日本人の勝算』 デービット・アトキンソン 著
    • 『シン・ニホン』 安宅和人著

    『見抜く力』 佐藤優著 プレジデント社

    コロナウィルス騒動ではマスコミが恐怖を煽りまくっているらしい。「らしい」というのは私がテレビをほとんど見ないため正確なことは知らないから用いた表現だが、ワイドショーのようなテレビ番組で自称専門家が出てきて「このままでは死者○万人」「医療崩壊寸前」などとまくしたているであろうことはだいたい想像できる。例え嘘の情報だろうと毎日そういう情報に接している本当に思えるのが人間だ。

    考えなくても分かることだが、自称専門家が本当に実力のある専門家であるならば、研究に忙しくテレビに出る時間なんてあるはずがない。それが頻繁にテレビ出演するということは、その業界内で相手にされていない証拠である。そういう人の言説に騙されると道を誤るとか、損をしたりする。したがって本書のタイトルにあるような「見抜く力」を涵養する必要がある。

    本書は雑誌『プレジデント』に連載された作家の佐藤優さんとゲストとの対談に、佐藤優さんがコメントをしていく形式で進む。ゲストには独自の理念を持つ企業経営者や大学学長、役者などが登場し、様々な視野があることを読者に教えてくれる。映画や小説が多様な視点を養うのに役立つなど、具体的な記述も多くとても読みやすい。

    一人の人間が経験できることには、限界があります。しかし書籍を通じた代理経験には、限界がありません。危機を何度も切り抜けてきた経営者や、時代を切り開く研究者たちのノウハウは、ビジネスパーソンがこれから直面するどんな局面にも役に立つはずです。
    p15 「はじめに」より

    本書にも日本の教育に対する強い危機感がある。少し読むだけでそれを十分に感じ取れるだろう。

    おすすめの関連書籍

    • 『ソロモンの指輪』 コンラート・ローレンツ著
    • 『ダークサイド・スキル』 木村尚敬著

    『AI時代に生きる数学力の鍛え方』 芳沢光雄著 東洋経済

    私はITのエンジニアをしていてるのだけど、経験の浅い若いエンジニアと接して「こいつなめてんな」と感じることがある。それは自分で仕様を理解していないのに「こういうプログラムコードを書けばこう動く」とネットで検索したソースコードを切り取って自分のプログラムを記述し、動いたはいいがトラブルがあったら自分で直せないという場面に出くわすときだ。

    『AI時代に生きる数学力の鍛え方』の主張の核を一言で表現すると「脱・暗記数学教育」だ。仕組みも分からず公式の暗記に頼る数学教育がいかに害悪をもたらし、そしてしっかりとした理解に基づく数学教育がいかに有用かが本書を読むとよく分かる。著者のその思いは最初の一節「3桁同士の掛け算」に凝縮されている。

    芳沢先生の著作を今まで読んできた人には馴染みのある内容だろうが、初めて芳沢光雄さんの本を読むという人には最初の一冊としていいだろう。数式や図形が出てくるが、中学レベルの数学が分かれば読める。

    中学・高校のときは数学嫌いで、数学から逃げるように文学部に進んだ自分は、30歳を過ぎてから数学を勉強しなおしITのエンジニアになった。もし若いときに芳沢先生のような数学の先生に接していたらなぁ、と思わずにいられないくらい有用な本です。

    おすすめの関連書籍

    • 『AI vs. 教科書が読めないこどもたち』 新井紀子著
    • 『新体系・高校数学の教科書』 芳沢光雄著

    『世界の「住所」の物語』 ディアドラ・マスク著 原書房

    あなたが住所のない世界に住んでいる状況を具体的に想像してみてほしい。ネット通販は利用できず、郵便は届かない。いや、こんなことは序の口で、住所がなければ銀行口座を持てず、日雇いの仕事にさえつけないのだ。

    世界のおよそ70パーセントがまだ詳細な地図を持たず、そこには100万人以上の人口を抱える都市も含まれている。意外なことではないが、そうした場所は地球上でもっとも貧しい地域となる。科学者マウリシオ・ロッチャ・エ・シルヴァは、ブラジルにおける蛇咬傷の統計値を訊かれたとき、そんなものはないと答えた。「蛇がいるところに統計値はなく、統計値があるところに蛇はいない」同じく、疫病が発生するところには地図がない、ということが多々ある。

    通常の医師がそうするように、国境なき医師団は患者の記録をつけようとした。患者が来ると、問診票を渡す。彼らは名前や誕生日を記入し、「住所」欄にも記入する。アイヴァンはその欄を「適当な備考欄」と呼んでいた。「”マンゴーの木から1ブロック離れたところ”なんて書くんですからねーーそんな情報はまったく役に立ちません」
    p71

    住所を必要とするのは貧しい人たちばかりではない。トランプ前大統領は1997年に完成した彼の新しいタワービルの住所を「セントラル・パークウエスト1」に変更するよう市に要望した。これが何を意味するか想像がつくだろう。ちなみに、ニューヨークでは住所が売り物になっていることを付け加えておく。ニューヨーク市が名付けたその制度は「ヴァニティ・アドレス・プログラム」というとのこと。

    上記引用のような文章を読むと、世界でスマートフォンでの個人間決済が求められ、大企業が決済アプリのシェアを伸ばそうというのも納得できる。もし世界中の人が住所を持っていれば、仮想通貨やスマホ決済の要求が今日ほど強まることはなかっただろう。もし時の総理大臣が「住所制を廃止する」なんて宣言すれば狂人扱いされるだろう。

    少なくとも、今日の先進国では当然のものとされている住所という概念が広まったのは、本書によると18世紀のヨーロッパのことらしい。その目的は国家による市民の統制だ。徴税や逮捕を効率よく行うため家屋に番号が付与された。市民は当然それに反発し、役人によって家屋に書かれた番号をペンキで上塗りしたり、役人を追い返したり、かなり反発があった。それがいま「住所は国家による国民の統制だから廃止すべきだ」なんて主張する人は皆無でしょう。

    この家屋番号の付与のエピソードを読んで、私はマイナンバー制度を連想する。まだあまり浸透していない制度だが、コロナ禍での給付金の受け取りに自治体によって時間がかかったことは記憶に新しく、口座番号とマイナンバーが結びついていれば、多くの人が速やかに給付金を受け取ることができただろう。最初は反発される制度でも、時間がたてば受け入れられるものがあると、本書から学ぶことができる。

    おすすめの関連書籍

    • 『絶対貧困』石井光太 新潮文庫
    • 『パークアヴェニューの妻たち』 ウェンズデー・マーティン

    ユーザーフレンドリー全史 クリフ・クアン、ロバート・ファブリカント著 双葉社

    「デザイン」というとあなたは何を思い浮かべるだろうか。私はウェブエンジニアという業種がら、ウェブサイトやアプリのデザインをまず思い浮かべる。人によっては車のデザインだったり、洋服や鞄のデザインだったり、雑誌のレイアウトだったり、料理の盛り付けだったり様々だろう。これらは狭義の「デザイン」だが、もっと広い意味が含まれることが本書を読めば分かる。

    今日当然だと思われている様々なデザインは、過去の膨大な失敗を土台にして形成されていて、そういったデザインに関する様々な歴史や物語を俯瞰的に読むことができる。デザインに関する仕事をしている人にはヒントとなる内容もあるだろう。

    例えば、こんなエピソードがある。インダストリアルデザイナーのある男性は、トラクターのデザインをするために自分でコンバインの操作を習い農民気分で働いた話や、ミシンをデザインするのにご婦人たちと裁縫教室に参加したり、地道な経験を重ねヒントを得たという。この話なんかは営業職の人でもヒントになるでしょう。自分の扱っている製品やサービスの仕様を理解しないまま売っている営業担当者ってたくさんいるから。

    本書にはユニバーサルデザインに関する話も出てくる。あるデザイナーは、友人の妻が関節炎にかかりリンゴをむけなくなったと落ち込んでいるのを見て、関節炎の人でも使えるピーラーをデザインした。

    関節炎を患う人が使いやすいモノならほかのどんな人にとってもより優れた使いやすい製品になるはずだ

    こうして誕生したピーラーは、おそらくアメリカのほかのどんな家庭用品とも同じくらい普及しているとのことで、同じ思想に基づいて設計された製品は、やはりよく売れるとのことだ。

    これと同じ話が本記事の一冊目に紹介した『自分の頭で考える日本の論点』にもあった。視覚障害のある人が開発した商品が、高齢者にも喜ばれたという趣旨のことが書かれていた。多読すると色々なことが繋がって理解が深まり面白い。

    本書には少し冗長だと感じる部分もあるので、そういう箇所はてきとうに読み飛ばせばいい。

    おすすめの関連書籍

    • 『インターフェースデザインの心理学』 スーザン・ワインチェンク オライリー・ジャパン
    • 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』 伊藤亜紗 光文社新書
  • 2020年に読んで面白かった本5冊を厳選して紹介

    2020年に読んで面白かった本5冊を厳選して紹介

    今年読んで特に面白かった本、印象に残っている本ベスト5を紹介します。今年発売された本に限定はしていませんが、なるべく今年発売された本や、比較的新しい作品を中心に絞ってあります。

    三省堂 現代新国語辞典

    三省堂 新国語辞典

    いきなり辞書を紹介するあたり、変わったことをすると思うかもしれません。しかし三省堂の現代新国語辞典は紹介するに足る面白い辞書です。いや、より正確に書くならば「読んで」面白い辞書です。

    私は辞書はひくものではなく読むものだと思っています。端からは端まで読めば、語彙は増えるし色々なことに詳しくなれます。本当は平凡社の百科事典を通読でもすれば様々な分野の基礎知識が身につくのですが、さすがに諸々の事情からしてそれは厳しい人が多いでしょう。そんな人におすすめするのが辞書の通読です。岩波国語辞典がバランスがよくおすすめなのですが、読んで面白いという観点からすると、この現代新国語辞典に軍配があがります。

    例えば、「炎上」という言葉の記述を両者で比較してみます。岩波国語辞典はこんな感じ。

    火が燃えあがること。特に、火事で楼閣・大建築物が燃えること。

    そして三省堂はこんな感じ。

    ①大きな建物・船などが火事で焼けること。「城がーする」
    ②ブログなどのSNSに書き込んだことについて、短時間でものすごい数の批判の書き込みが集まること。「ー商法」(=わざと世間の批判が集まるようなことをして宣伝に利用すること)

    なかなかの差分がありますね。さすが「現代 新国語辞典」と現代的な用法が充実しているのが特徴です。これ一冊を読めば若い人の不思議な会話についていけるかもしれない。

    さて、我が職業たる「エンジニア」はどうかというと、岩波国語辞典ではこんな感じ。

    機械・電気などの技師。更に広く、工学者や技術者。

    三省堂は

    機会・土木などの技師。技術者。

    はい、違いがありませんでしたね。こういうものも当然あります。では次に、最近個人的に気になっている「敷居が高い」という表現はどうでしょう。まずは岩波国語辞典。

    「ーが高い」(相手に不義理をしていて、その人の家に入りにくい)

    次に三省堂は

    ①相手に義理を欠いたりしていて、その人の家に行きにくい
    ②気軽に近づけない。「敷居の高い高級店」

    はい、きましたよ。三省堂の「現代」的な用法がばっちり書かれています。最近は②の意味でもっぱら使われることが多いでしょう。言葉や表現の意味の移り変わりを感じることができます。高校生向けの辞典らしいのですが、それに留めておくにはあまりにもったいない辞典です。大人のあなたにもぜひ手に取って欲しい。

    ザリガニの鳴くところ

    ザリガニの鳴くところ

    今年読んだ小説の中ではベストと言っていい作品でした。2019年にアメリカで一番売れた小説だそうです。えーと、私は何を血迷ったのか、一冊買ったことを忘れていてもう一冊買ってしまい、それに気づいた時にまた誤って買わないよう最優先で読みました。そしたらば、あまりにも面白くて500ページをほぼ1日で読破したのです。正確には読むことを止められなかったというべきでしょうか。

    作者は生物学者ということで自然の描写は精緻を極め、それが作品に強い現実感を与えています。例えば書き出しはこんな感じ。

    湿地は、沼地とは違う。湿地には光が溢れ、水が草を育み、水蒸気が空に立ち昇っていく。緩やかに流れる川は曲がりくねって進み、その水面に陽光の輝きを乗せて海へと至る。いっせいに鳴きだした無数のハクガンの声に驚いて、脚の長い鳥たちがーーまるで飛ぶことは苦手だとでもいうようにーーゆったりとして優雅な動きで舞い上がる。

    美しい自然の描写に突如として青年の死の画面が登場し、物語はその青年の死を軸にして、過去と現在が交互しながら進んでいきます。内容は大変に重いもので、読むと身につまされます。こういうのを読むとうるうるしてしまい、自分はもう若くはないなと思うのです。

    同じ本を2冊買ってわかったこと、それは帯が違うことがあるんだってこと。出版書も色々工夫して頑張っていることが見て取れます。なお余った1冊は友人に進呈しました。

    三体 II 黒暗森林

    三体

    去年出版された『三体』の続編。知る限り最高のSFと断言できます。エンジニアや理系の人なら大興奮間違いなしで、まだ読んでいない人は大至急読んでください。著者がエンジニアで、あくまでSFなので数学や物理の話がちょくちょく出てきて、理系心をくすぐりますが、理数系の素養がない人でも読んで十分に楽しめます。今年読んだ小説としては、上の『ザリガニの鳴くところ』と並んで双璧で、一気読み間違いなしの抜群の面白さ。「文庫が出るの待つ」なんてケチなことを言ってないで、こう書くのは二度目ですが、本当に大至急読んでください。

    ちなみに「三体」とは物理学の用語で、広辞苑には以下のように説明があります。

    3個の物体相互の間に力が作用し合う場合、それらの運動を研究する理論。完全には解けないことが証明されている。

    この内容がまさに第1巻の内容そのもので、三体問題に挑む謎のオンラインゲームに主人公が挑み、そのゲームに巧妙に隠されたメッセージが物語で中心的な役割を果たします。映画化されるとかされないとか、そんな話があるようです。

    シン・ニホン

    シン・ニホン

    ビジネス書というか、教育問題を扱った本というか、今の日本が抱えている問題を挙げてその解決策を次々に提示していく。
    読むと「凄腕のコンサルとはこういう感じなのか」と著者の知性に圧倒されるでしょう。志ある若者や、あるいは若者ではなくても「日本はこのままでいいのか」と感じている全ての人に本書を強く推薦します。

    コロナ禍に少子化に財政の不健全さ、ハンコや官僚の長時間労働など問題山積の日本ではあるけれど、前向きな著者はそれらに対して「伸び代がたくさん」と成長の余地がたくさんあることを示してくれる。読んで前向きになれるという意味で、自己啓発書として読むこともできる。

    特に以下の引用部分などは、日本の多くの労働現場で問題になっている長時間労働の原因を本質的に突いている。こういった記述にたくさん出会えるのが『シン・ニホン』で、そのせいか私の手元にある一冊は付箋だらけです。紙質がいまいちなのが玉に瑕ですが、内容は超一流です。

    膨大なことを細部まで知っているであるとか、決まりを正しく理解し、そつなつちゃんとやる系の、本質的にマシンのほうが得意な力を鍛えることにはさして意味がない時代に僕らは突入している。これからの時代はむしろ、データ x AIの持つ力を解き放てること、その上でそのなりに何をどのように感じ、判断し、自分の言葉で人に伝えられるかが大切だ。その基礎になるのは、生々しい知的、人的経験、その上での多面的かつ重層的な思索に基づく、その人なりに価値を感じる力、すなわち「知覚」の深さと豊かさだ。ある種の生命力であり、人間力といえる。
    p204

    ビッグヒストリー

    ビッグヒストリー

    今年の1番推しはこれです。2016年出版の本で新作というわけではないですが、あまりに知的興奮を覚えた本であったために、ここで紹介します。

    宇宙誕生の物理と化学、生物が誕生する生物学、プレートの移動に関する地学、人類の歴史など既存の「文系」「理系」という枠組みに捕らわれない歴史に関する新しい記述スタイルは、これからの世界で文理融合がさらに進むことを予感させる。

    いま働いている多くの社会人は「私は理系」「私は文系」のような言葉を身近で聞いたり、自分で口にしたことがあるでしょう。しかし早晩行われるであろう入試改革によって文理融合は進みます。また野心的な若者は文系理系という線引きを超えて勉強しています。そういう人たちがあと10年くらいして社会に出てくると、いま安穏と仕事をしているおじさんおばさんはあっさり彼らに追い抜かれるでしょう。

    そうならないために、本書に書かれていることを理解するくらいの基礎的な素養は求められるし、そういうスキルはビジネスの場でも必ず役に立ちます。これは私自身が文学部フランス文学科卒というこてこての文系出身者でありながら、いまITのエンジニアとして仕事をしていられる経験からも言えます。30を過ぎてから勉強した数学とその他理科系の科目のおかげで、物事を
    総合的に考え、かつ捉えることができるようになりました。

    説教くさくなりましたが、知的興奮を覚える最高の一冊であるのは間違いないし、物事を俯瞰的に捉える訓練をするのにも役立ちます。大型本であるので、写真やグラフ、地図などが豊富に掲載されていて情報量が多い。それなのに3700円とお値打ちなのには悶絶します。明石書店の方に感謝です。

    ビッグヒストリーは、まさに宇宙の起源にまでさかのぼって、時間のすべてにわたる歴史を再構築しようとする試みだ。本書はそれを行おうとしている。現代の科学的知見から導かれた結論に基づき、まさに時間の始まった時点から現代に至るまでの、過去に関するひとつの考え方を提供したいと考えている。

    最後に

    辞書を読むとか、大型本の購入は読書習慣がない人にはなかなか厳しいかもしれませんが、ビジネスマンなら『シン・ニホン』、文芸作品が好きな人なら『ザリガニの鳴くところ』、ITのエンジニアなら『三体』は本当におすすめですよ。

  • 医師の友人から聞いた「むかつく患者の対応は後回しになることがある」にITエンジニアが妙に納得した話

    医師の友人から聞いた「むかつく患者の対応は後回しになることがある」にITエンジニアが妙に納得した話

    新型コロナの重症患者を積極的に受け入れているという聖マリアンナ医科大学病院で医者をしている友人と飲みに行き、その際に彼からこんな話を聞いた。

    「むかつく患者の対応は後回しになるんだよね」

    例えば、5月頃を思い出して欲しいのだが、あれだけニュースになっていたのに新宿の夜の町で何も用心もせず散々遊んで新型コロナに感染したやつが重症になって運ばれてきても、「こいつ自業自得だろ」と医療チームは感じるらしい。

    一方、感染しないように細心の注意をしていて、それでも不運に感染してしまった患者に対しては「なんとしても治してあげたい」っていう雰囲気が現場の医療チームに生まれるらしい。

    医療現場が逼迫していて、同じくらい重症な二人がいる場合、治してあげたい患者を優先して治療し、むかつく患者の対応は後回しになることがある。

    と、まぁ、こんな趣旨のことを医師の友人から聞いたのです。

    「まぁ、もちろんむかつく奴でも最終的にはできる限りきっちり対応するけどね。」と友人医師。

    なるほど、医者でもそういうことがあるのか、と思った。考えてみれば人間だから当然だけど。

    私はウェブ運用やITシステム開発の仕事を15年以上していて色々な場面に遭遇してきた。上の医者から聞いた話と似たような場面に何度も遭遇している。ウェブサイトを納品した客の中には、少しでも不満があると次々に文句をいってくる奴と、こちらの事情をくんでやんわりと要望を伝えてくる人がいる。では具体的に両者の様子を紹介しよう。

    不満だけを一方的に言ってくる奴の場合

    「おたくの営業担当者の話を信じてさ、ウェブ制作の契約をしたのによ、全然ホームページから問い合わせないよ。だいたいSEOの順位なんて全然上がってこないし、できあがったデザインも最初にこっちが考えていたのと全然違うよ。作り直してくれ。上司だせよ、この野郎。」

    という感じで納品半年も経過してから一方的に不満を言ってきて、こちらの言い分には一切耳を貸さない。納品半年も経過して検収も済んでいるのだから、修正には当然費用がかかるのでそれを伝えるとさらに激怒する。

    当然こういうクレーマーの対応をする担当者は「こいつこの野郎!」となる。こういうのが一度だけならまだしも、いつも一方的な態度をとる人に対して社内には「こいつ面倒くさい」という共通認識が醸成される。これを換言するならば、いわば「社内のブラックリストに登録される」わけです。

    やんわりと要望を伝えてくる人

    「納品して頂いた御社のシステムが大変使いやすく、社内でも評判です。品質にはとても満足しています。
    納品後時間が経過し、日々システムを使用しているなかで、細かい点ではあるのですが、もう少しここがこうならと感じる点があります。システムのさらなる改善に向けて弊社の要望を整理したので、見積もりを頂けるでしょうか。」

    という感じでシステム改修に追加費用がかかり、こちらも忙しいことを当然の前提として話しをしてくる。こういう物わかりのいい人は対応する側も気持ちよく対応できる。

    両者の差が生まれる時はどんな時か

    不満だらけのクレーマーも、ものわかりのいいお客さんも、どちらもそれぞれ自分の要望を伝えているという点に関してはなんら違いはないが、伝え方に日米の間に広大に横たわる太平洋を越える以上の距離があることは明白である。

    さて、先日の東証のシステム障害の件や、電車の運行に遅れが生じることからわかるように、ウェブやシステムには障害がつきもので、サーバーが不調でウェブサイトが表示されないとか、CM広告を出してアクセスが増えてサーバーが落ちたとか、なぜかある日突然ウェブのデザインが崩れてしまった、のようなトラブルがたまに発生する。こういう緊急事態発生時に、感じのいい客とクレーマーの命運が分かれる。例えば両者のウェブサイトを管理しているそれぞれのサーバーで同時に障害が起きたとする。

    感じのいいお客さんは、現場にとっては優良顧客であるから優先的に障害対応をして少しでも早く対応しよう、という感じで扱われる。一方日頃から不満だらけの奴に対しては、「すぐ対応します」と伝えておいて、現場では一番最後に回される。こんなことが実際にあるわけです。

    このウェブ業界の現場の話を医者の友人にすると、みなまで言わずとも理解してくれたところを見ると、業界は違えど人が他者に対して感じるものは同じなのだなぁと、とつくづく思う。

    • かたや同じ重症患者でも、バカで遊び放題で無神経の人は医師からぞんざいに扱われ、一方で日常的に感染に注意していたのに感染してしまった人は大事に看護してもらえる
    • かたや同じ金額の、同じようなウェブサイトの客でも、一方的に自分の要望を通そうと思う人は緊急時に後回しにされ、一方で大人な人は優先して対応してもらえる

    医者でもITエンジニアでも、それ以外の職業でも、面倒な客の対応は後回しにされる。だって人間ですもの。さて、友人医師から聞いた話をもう少し続ける。

    医者からきいた話の余談

    新型コロナの治療であるかどうかに関わらず、治るのに時間がかかる患者は、医者のいうことをきかないらしい。どういうことか言うと、例えばこういうことだ。

    肺病の場合、呼吸を補助する機器を喉から通して肺が呼吸をしやすいように援助するらしいのだが、患者は口から異物が入るのだから、それを入れられる側は当然生理的に嫌がるのだ。そして、自分の要望を一方的に通そうと思うような人の場合、呼吸器を自分ではずそうとしたり、たいした用もないのにナースコールしたり、ちょっと暴れたり、要は赤ちゃんのように振る舞うらしい。

    そういう患者は、ほぼ例外なく治るのに時間がかかる。一方で、呼吸器をおとなしく受け入れるようなものわかりのいい人は退院が早い、という話を医師の友人はしていた。

    なるほどね。

    ウェブ制作やシステム開発も、プロに依頼するなら任せるべき点においては任せて、変に首を突っ込まない方がいい場合がある。中途半端な知識がある人が発注側にいて首を突っ込んでくると、ほぼ例外なく納品は遅れる。現場ではそういう人は煩わしいものとして扱われる。これが現実。

    以上、医者とウェブのシステム開発と全然違う世界だが、妙に共通事項があったので整理して書いてみた。もしあなたが何らかのプロと付き合うにあたってその相手が信頼できるならば、そのプロの言うことは素直にきいたほうが結果的に自分が得をする場合が多いでしょう。

  • 中小零細企業がIT業務を外注する際の6つの注意点

    中小零細企業がIT業務を外注する際の6つの注意点

    中小企業向けに簡単なウェブサイトや社内ネットワーク、IT機器の販売をサービスとして展開している会社がいくつかあります。具体的な企業名としてはフォーバル、NTT Comunications、スターティア、大塚商会などがこれに該当します。他にもたくさんあるでしょうけど、私が知っているのはこれくらいです。各会社を詳しくみれば大企業向けの部署とか中小むけの部署とかあるのかもしれませんが、ここでは中小零細企業向けのサービスに話しを絞ります。

    先日、知人からこんな趣旨の相談を受けました。なぜかひげのアイコンが私です(笑

    こんど事務所を移転し、それに伴いパソコンを増やすのと、パソコンとサーバーと複合機を移動したい。いまは大塚商会と取引しているのだけど、どこかいい業者を知らないか?

    大塚商会はそんなに悪くないと思うけど、何か不満はある?

    売りっぱなしなのと、金額が高い。パソコンのリースの見積もりを出してきてもスペックが分からない。AudoCADを使うからスペックの高いのが必要なのに、スペックが分からないから困ってる。

    なるほど、ま、あるあるですね。
    それとなんで大塚商会からパソコンを買ったの?

    社長がそっち方面に全然詳しくなくて、むかし大塚商会からパソコンを以来継続して取引してる。ただ今回は新しいパソコンは大塚商会を通さず買おうと思ってる。

    まず、結論から伝えると、特にいい業者というのは存在しないです。

    大塚商会、NTT Comunications、スターティア、フォーバルなどは上場していて、どれも同じ業種としてIT業界ではよく耳にします。これらの会社にはいくつか共通点があって、

    • いずれの企業も中小企業をターゲットにしていて、契約数を稼ぐという薄利多売な方法で利益を得ている
    • 中小企業相手の社内用ネットワークやホームページというのは差が出ない領域である

    したがって、どれか一つの会社が抜きん出ていいとか、悪いというのは考えにくいです。特にいい業者はないというのはそういう意味です。では、こういう会社と上手に付き合うにはどうすればいいのか。それについてもう少し掘り下げて説明します。

    薄利多売

    まず、いずれの会社も契約数を稼ぐ方法で利益を出しているので、よほど大口でない限りは一つの契約先に熱心に提案することはあまりない。小さな一つの会社に頑張って提案しても利益が上がるわけではないから当然です。

    提案力のない若い営業

    そしてこれも重要な点だけど、営業窓口はたいして経験のない若い人が多く、たいてい提案内容がポンコツです。彼自身が詳しいわけでもなんでもなく、恐らく「こういう規模の企業で、こういうパターンの問い合わせにはこう回答しろ」みたいな社内マニュアルがあり、それに沿って回答しているだけ。こういった会社の若い営業は提案力はもちろんないし、経験もスキルも人生目標もない人が多い。だからいい提案を期待すること自体が難しい。

    少し想像すれば分かると思うけど、彼らは「会社にやらされている」という感じで仕事をしていて、離職率が高いからスキルも身につかないし、作業効率重視だから一社の細かい事業はいちいち見る余裕はないし、悪い言い方をすると社内の営業成績だけが大事みたいな考えの上司がいるだろうから仕事はしづらいと思う。中には優秀な営業もいるかもしれないけど、そういう人に当たる確率は低い。

    そもそも優秀な人が電話営業なんかで貴重な稼働時間を浪費しますか?しないでしょ。成績とれないポンコツか未経験の若者が電話営業するのです。彼らは電話口で偉そうにコンサルとかなんとか言っておきながら、ろくな実務経験も成功体験もありません。繰り返しになるけど、彼ら若い営業にいい提案を期待すること自体が難しいのです。

    つぎにホームページについて説明します。

    中小企業相手の格安のウェブ制作というのは差が出ない領域

    中小零細企業相手のホームページサービスにはパッケージプランがあって、例えば5ページまで、デザインテンプレートから選ぶ、みたいな感じ用意されています。限りなく制約のある中でのウェブ制作なので、どの企業を選んでも差はでないです。比較したことがないから厳密には知らないけど、たぶん値段もそう変わらないでしょう。月3000円〜5000円くらいが相場です。こういうサービスのウェブ制作にはなんのも期待できないし、そもそもサービス提供側がウェブにこだわらない会社をターゲットにしてます。これはいい悪いの問題ではく、そういう商売なのです。

    したがって、もし中小零細企業の人がウェブにこだわるなら専門のウェブ制作会社を選ぶ必要があります。そういう会社に依頼すればいいウェブも作ってくれますが、もちろん高いです。要件によりますが数百万とか1千万とか平気でします。名刺代わりの簡単なホームページでいいのならば、どこでも好きな会社に依頼すればいいでしょう。

    社内ローカルネットワークもやはり差がでない

    社内のローカルネットワークもサービスの品質に差が出ないです。上記の通り効率重視、契約数重視の営業であるのに加え、例えば同等のスキルを有するネットワークエンジニアの収入が、ある企業なら1000万円で別の企業なら300万円みたいな差は絶対にない。フォーバル、スターティア、大塚商会などの会社ならエンジニアの年収は平均するとそう大きくは変わらないしょう。だから会社ごとにサービス料金の差や品質の差が大きくでることはないのです。

    冒頭に「特にいい業者というのは存在しない」と書いたのはこういう理由によるものです。

    ITサービスを提供する会社とどう付き合うか

    ここで書いた一部の内容がフォーバル、NTT Comunications、スターティア、大塚商会の悪口みたいになってしまいましたが、これらの企業は決して悪い企業であるわけではなく、むしろ中小企業や零細企業で、ITのことが面倒だから社外に丸投げしたいという場合は、こういった会社に依頼するのは悪くない選択肢だと思います。ただし過剰な期待をしないことが重要ですが。

    ここまで書いてきたことを整理します。

    • 社内ネットワークは素人が構築できるものではないから、業者に依頼すべし。中小零細企業が自社でエンジニアや情シスを雇うほうがたいていは高くつきます。
    • 付き合うIT業者を変えてもサービス品質も値段はそんなに変わらないから、安易に変えないほうがいい。業者を変えるのに発生する社内の人件費のほうが大きいかもしれない。もちろん極端に不満があるとか、高いとかなら検討する価値はあります。
    • パソコンくらいは自社内で選ぶべし。社員の家族や知人に詳しい人が一人くらいはいるだろうから、少し金をつかませて選んでもらえばいい。
    • ウェブにこだわるなら専門の会社に依頼せよ。ただし高いですが。
    • 後で頭にきたくないなら業者に過剰な期待は禁物。それが嫌なら自分で少しはITのことを勉強するしかないです。
    • どんな業種でも電話営業してくる人はたいていは提案力はない。彼らは営業成績のためにあることないことをたくさん挙げてきますが甘い言葉に乗らない方がいい。特に脅かしてくるようなやつはろくなもんではない。

    ここまで読んでくれた方はそれなりのお悩みがあると思います。皆さんの健闘を祈ります。

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